<神道 Ⅰ>

「神様に祈りを」

ブログに投稿するのは三・四年振りくらいでしょうか。 
以前私が書いたブログ(2008年1月)の中で「神様は信じているが、無シュウキョウである」と言っておりました。しかし、現在は神道に帰依しております。

皆さんも二十年毎の式年遷宮をした伊勢神宮、平成の大遷宮が行われた出雲大社、世界遺産になった熊野神社等、観光スポットの目玉として神社を訪問されたことがあるでしょうし、ご近所の神社でお祭りがあれば神輿担いで酒飲んで、正月に柏手打って賽銭投げてと、神社を身近に感じておられると思います。しかし、殆どの人が神道とはどういうもので、どのような教えかを知らないのではないでしょうか(ご存知でしたらごめんなさい)。
キリスト教や仏教の説教のようなもの神社ではそもそも行っていないのが原因なので知りようがないのが現実です。知らない皆さんが悪いわけではありません。

現在の日本の神社は大きく分けて二種類あります。一つは誠に当たり前ではありますが神様を祀っている神社。もう一つは人間を神様として祀っている神社です。前者は伊勢神宮等であります。後者は明治神宮、乃木神社、東郷神社等です。人間を祀っている神社に行き、賽銭投げて、何か願っても、100%何も叶いません。相手は神様ではなく人間だからです。ただ、賽銭投げた人が自己満足することによって気持ちがスッキリするという効果はあるでしょうが、ただそれだけです。では、神様を祀っている本物の神社に同じことをすれば願いが叶うのでしょうか。答えは否です。考えてみて下さい。もし、貴方が他人からものを頼まれたとします。しかも頼まれた内容が、「家内安全」「無病息災」はたまた「金持ちになりたい」自分の顔も省みず「良いご縁を」等々、依頼されても叶えることが実に困難なものであり、その上依頼金はせいぜいポケットに入っている小銭を貴方の前に投げつけられるとすれば、はたして貴方は依頼人の依頼にまともに応えようとしますか? ほとんどの人が依頼人の依頼を無視することになると思います。
このように、この世を創られ人を創られました神様は我々人間のはるかに及ばない存在でるわけで、その神様に対して大変失礼で無理なお願いをしているのが神社で見受けられる一般的な光景です。

今回のブログで申し上げたいことは、神様には「お願い」をするのではなく、
「お祈り」をしなくてはならないということです。世の為人の為お役に立てるようお祈りをし、神様に手を合わせるようにすれば、徐々に神様に信頼される人間になることができるのです。

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by nkgfan | 2014-09-30 10:03 | □社員コラム | Comments(0)
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